名称を有恒会に変更した経緯

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旧制の大阪商科大学高等商業部が1951年(昭和26年)3月をもって、また学部は1953年(昭和28年)3月をもって閉鎖することになるが、他方新制の大阪市立大学の第一期生が1953年(昭和28年)に卒業するので、1952年(昭和27年)に至り同窓会は「今後のあり方を如何にすべきか」の重大問題に直面することになった。そこで、同窓会誌編集委員が同窓会委員および評議員(約300名)にアンケートを実施した結果、名称については「有恒会」「烏丘会」等50件弱の提案があった。その中で「有恒会」とする意見が一番多かったので、1953年(昭和28年)5月20日の定期総会で大阪商科大学同窓会規則の改正が提案され、満場異議なく決定されたものである。

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